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夏前からK先生と始めた昼休みキャッチボール。K先生の悲鳴とボールを拾いに走る足音しか聞こえなかったのが、このところはズバ~ンとグラブに受けるボールの音がすがすがしく響くようになった。これも少年野球チームエースのご子息が、K先生を特訓した成果だ。病院のコンクリート壁面に反響するグラブ音を聞きつけて、窓から患者さんが顔をのぞかせる。「もっと体の中心で捕らなきゃだめだぁ!」「体重を乗せきらないと!」。窓枠にはにわか監督が鈴なりで、あちこちから声援が飛ぶ。日頃、医者から注意されるあだをこんなところで討たれるとは。「K先生は神経内科なのに手足に神経が回ってないやぁ~!」。K先生担当のYじいさんのせりふにどっと笑い声が広がった。「シナプス回路は訓練することで構築されるんです!リハビリと一緒です!僕は回路を作ります!」。とんでもない暴投をしながらK先生は律義に答えた。「真田先生!K先生のキャッチボールと、おらのリハビリと、どっちがうまくなるの早いかねぇ?」「最近K先生も上達が早いよ。Yじいさんもリハビリがんばらないとなぁ」「そりゃあ、いかん!リハビリがんばるだに!」。私とK先生の昼休みキャッチボールはちょっとしたイベントになっている。
グラブの音に誘われるのは患者さんたちだけではないらしく、時々ほかの医師が顔を出す。グラブを差し出すと、出入り口にすら回らず、1階の窓から飛び出してくる。窓に鈴なりの患者さんは、出てきたのが自分の主治医だったりすれば歓声を上げる。慣れた感じで肩を回し、奇麗なフォームで豪速球を投げたのは若い小児科のT先生。高校、大学と野球部で鳴らしたそうな。観衆の拍手に軽く手を上げて応える。さぁ、そうなると止まらない。我こそはと思うやからがどやどやと集まってきてしまった。「ちょっと代わってよ」「次は僕だよ」と騒がしい。
「僕だってね~、名ピッチャーとして鳴らしたものよ!」。先の小児科T先生に対して、がぜんライバル意識をむき出しにしながら消化器内科部長が振りかぶった。ばふ~ん! ボールは見事にワンバウンドして私のところまで届かない。周りは静まりかえる。「どんま~い!もういっちょ~!!」私は努めて明るく声を出した。「いやぁ!手がすべっちゃったなぁ」。部長は言い訳をしながら返球を受けた。消化器内科部長、第2球振りかぶって……ぼてぼてぼて。
「下手くそ~!お前は学生の頃からだめだったんだよ~!」。皆がしーんと見守る中、とんでもないヤジが飛んだ。声の方向を見ると、2階耳鼻科外来の窓から耳鼻科部長が昼食のサンドイッチを片手に窓から半身を乗り出している。「うるさ~い!お前はどうなんだ!」「待ってろ!今降りてってやるからな!おれの球見てビビるなよ」。
この2人、大学の同級生なのだ。仲がいいのか悪いのか、しょっちゅう言い合いのケンカをしている。部長会ではお互い、とにかく相手の言うことに反対しないと気が済まないらしく、無意味な反対論を持ち出して議事進行を遅らせることで有名らしい。
耳鼻科部長は反射鏡を頭に着けたまま、肩をいからせながらわっしわっしと歩いてきた。私からグラブを取り上げると、「勝負!」と叫んで振りかぶり、消化器内科部長に投げた。ぼってぼてぼて……。ボールは届かない。
「わぁ、今の球、ビビっちゃったよ~」。消化器内科部長はにやにやしながら前に出て球を拾いつつ言った。「ボールを放すのが遅いんですよ。だから下向きになってバウンドするんです。もっと早く放さないと。それからキャッチボールですから投げつけないでください。もうちょっと寄って距離を短くしましょうか」。私は取りなして言った。次に消化器内科部長が投げた球は早く放しすぎてフライになった。「オーライ、オーライ」。ところがボールは耳鼻科部長のグラブには収まらず、反射鏡に命中。「あ~!!商売道具を!!」「そんなもの着けてるから悪いんじゃないか!」「わざとだな」。2人は言い合いをしながらも、その後もしばらく下手くそなキャッチボールをやめようとしない。ケンカしているのか?
翌日、午前外来の終わり近い時間、整形外科外来の待合いすに消化器内科部長と耳鼻科部長が座っていた。「どうかされましたか?」と声をかけると、「腕が上がらない。急に動かしたから四十肩になった」と耳鼻科部長。「お前は五十肩だ」と消化器内科部長。整形外科部長が出てきて、「はいはい、お二人とも肩関節周囲炎です。明日から少しリハビリに来てください」と笑いながらおっしゃった。「絶対先に治ってやる」。耳鼻科部長が肩をさすりながら言った。「私が先に治る!」と消化器内科部長。明日からは、さぞ気合の入ったリハビリテーションであろう。楽しそうである。(c)asahi.com
神経内科のK先生は45歳。色白でひょろひょろと背が高くおとなしい性格だ。運動神経はあまりよろしくなく、時々つまずいては抱えた書類をばさばさと落としている。穏やかで冷静な性格だから良い人だとは思われているものの、ご本人から積極的に異性にアプローチするタイプではなく、これまで独身だった。女性からすると「ちょっとダサい」感じなんでしょう。そのK先生の結婚がお見合いで決まった。お相手は再婚の女性だった。おめでたいとお祝いしたものの、いきなり小学校4年生の男の子の父親になるという。難しい年頃、大丈夫かなぁ?
ある日、珍しくそのK先生から声をかけられた。「真田先生、ソフトボールの選手だったんですって?」。おお、よくぞ聞いてくれた。私は地区大会で優勝しかけたことがちょっと自慢だったのだ。「私にキャッチボールを教えていただけませんか?道具も何も持っていないのでそこから……」。「いいですよ。道具は買えばいいから。早速明日の勤務後どうです?」。運動音痴のK先生が何かをやる気になったのはいいことだ。私も久しぶりに肩を使ってみよう。
次の日2人でスポーツ用品店に出かけた。K先生は初めてで、所在なさげにきょろきょろしている。いかにも元野球部員風の店員から適当なグローブを選んでもらい、はめてみる。「最初は固いけど使っているうちに手になじみますからね」。久しぶりの革のにおい。私もご機嫌になってきた。K先生はおどおどしながら二つ三つはめてみた後、ぽつりと言った。「あの〜、左手はこれでいいと思いますが、右手の分はないのですか?」「は?」「右手。右手も必要じゃないですか?」。私は店員と顔を見合わせた。「あのねK先生、片手だけはめるの。ボール投げるほうの利き手はグローブ、はめないんだよ。投げられないじゃない?」。「あ、そうか」。本当に大丈夫か?
帰りの車の中。「K先生、何で急にキャッチボールなんです?こういうことあまりお好きじゃないんでしょ?」「好きじゃないです。でも、私には今度息子ができるんです。父親って休みの日には息子とキャッチボールするものでしょ?まずは形からだけでもと思って。彼とコミュニケーション取らなきゃ。私は彼の父親になるんです」。父親になる、とK先生は力を込めておっしゃった。そういうことか。一番不得意なことなのに、涙ぐましい努力だ。力になろうじゃありませんか、K先生!
次の日の昼休みから、私とK先生の特訓が始まった。肩を使うというよりは、足を使ったキャッチボール。K先生は私の投げるボールを怖がってよけてしまうので、後ろに飛んだボールを拾いに走り、私はK先生の暴投を拾いに走る。
それでも1カ月の特訓で何とか形になった。K先生はお子さんにキャッチボールを申し出たらしい。「どうだったんです?コミュニケーション、取れました?」。特訓の成果をわくわくしながら聞いてみた。「はぁ。それが……。『下手くそ!』って言われちゃいまして。すぐやめました」「どういう意味です?」「彼、少年野球チームのエースピッチャーなんです。僕より数段上手で相手になりません」。絶句。これじゃあ、コミュニケーションどころの騒ぎじゃない。新しい父親の無様なキャッチボールを、少年野球チームのエース君はどう感じただろう?黙り込む私にK先生は言った。「でも真田先生、キャッチボール続けて教えてくださいね。私、ちょっとでも上手になりたいです」
私たちは、昼休みを病院横の空き地でキャッチボールし続けた。世間が夏休みになると、子供たちがフェンス越しに下手な大人のキャッチボールを見に来るようになった。あまりの暑さと子供のヤジが恥ずかしくて、夏の間の練習はお休みにすることにした。
たとえ相手が子供であっても、新たな人間関係構築は簡単ではないだろう。実父から離された男児は新しい父親を拒絶しがちだ。K先生、神経伝達の研究のように理詰めでいかないのが心理学です。運動神経が鈍いのがばれちゃったとなっては、父親としてちょっと格好悪い。
夏の終わり、廊下で擦れ違ったK先生は左手だけを白く残して妙に日焼けしていた。「どうしたんです?」「キャッチボール焼け」「誰とやってるの?」「息子と。教えてくれるんですよ、キャッチボール。私があまり下手だからって基礎から教えてくれるんです」。K先生はご機嫌で言った。「真田先生と私の昼休みのキャッチボール見に来てたみたいで、『そんなにやりたいならしょうがないな』って。夏休みは毎日やりました」。私にはフェンス越しの1人の男の子の顔が浮かんだ。「コミュニケーション取れてるんだ!?お父さんになれましたね」「いやあ、そんなぁ」。からかう私にK先生は照れながら言った。「今度ね、息子が試合の応援に来てくれって言うんです。真田先生もよかったら見に来てください」「それじゃ、ご子息の活躍拝見しようかな?」。ご子息という言葉にK先生はうれしそうにうなずいた。(c)asahi.com
同級生のM先生が院内携帯で連絡を取ってきた。今年度からこの病院へ赴任してきたM君だが、本人はこの人事が不服なのだ。また憂さ晴らしのお誘いかな?と思いつつ電話を取る。「オレさぁ、開業しようかなって……」「はぁ!?」。こりゃまたずいぶんなお考え。「いや、決めたわけじゃないけどさ。そういう選択肢もありかなって思ってさ」「まぁ、選択肢としてありかなって言われれば、ありだわな」「今週末に医師向け開業セミナーがあるんだよ。オレ、行こうと思うんだけど、一緒にどう?」やっぱ、
M先生は、私を開業に誘っているわけではない。その開業セミナーとやらに1人で行きたくないのだ。強気なことを言っていたけれど、今回の人事で彼がかなり精神的に落ち込んでいるのは分かっていた。皆さんも一度や二度はあるだろう。今のポジションに不満で転職を考えた瞬間。学究肌の彼が開業まで考えている、そんな気持ちを思うとむげに断るわけにもいかず、「いいよ。行こうか」。同級生を元気付ける意味もあって気軽に返事をした。人生に不満がある時は、別の生き方があると知るだけでも心の支えになる。
と、いうわけで、行ってきましたN社主催の開業セミナー。1万数千円の参加費。「高いなぁ!」とM先生の背中をつついた。「あ~、ごめん。飯おごるから」。どんな人が参加するのか、なんとなくきょろきょろしてしまう。会場には、やる気というよりはどよ~んとした空気が流れている。これは何だ?対照的にN社社員は妙に元気に司会進行。
最初は会計士の先生。いわゆる資金繰り、融資の引き出し方についてのお話だ。「皆さん、融資を受けようと大手都市銀行をお考えかもしれませんが、まず相手にされません。取引額が小さいからです。1億くらいじゃあ向こうにとっては大した額ではありません」。1億円の借金なんて今の自分には想像しただけでもぞっとするけれども、それを大した額じゃない、相手にされない、なんて話を聞かされてちょっと息が詰まった。それも開業形態によってはもっと大きな額が必要となる。私では開業できそうにないなぁ。
次は大手通信会社子会社がディベロッパーのまねごとをしてのご講演。自社の支店の統廃合で空いた所にビル開業を提案している。都市銀行がお金を貸してくれないならなるべく小規模で、ってことでしょうか。新築オフィスビルじゃなくて、中古ビルがお勧めってあたりが惨めな感じ。それを「通信会社が入っていた所だから一等地、近隣に認知度はばっちり」と宣伝文句を早口でまくし立てる。最後にはビル診療所の小規模開業医が集まってクリニックモールの形成、そこにMRI(注1)やらPET(注2)やらの最先端検査機器を導入する、とのご提案。参加者の顔がぱぁっと明るくなる夢のような話である。PETねぇ。でもそれ、やっぱり夢ですよ。いま注目の機器だけど、フルセットそろえるのは何十億って単位よ。だいいち中古ビルでそんな設備は入らないでしょう。融資受けるのが大変、中古ビル借りて小規模にって話してたのに、一体どこにそんなお金が。いい加減気分が悪くなって隣のM先生を見ると、ぽか~んと口を開けて鼻からエクトプラズムを出しているような顔をしている。完全に生気を吸い取られている。
セミナーは午後も続く。そろそろ早引きしたいのだが、参加費がもったいないのでそのまま出ることにする(すでにみみっちい)。引き続き医療機器メーカーが機器導入のポイントを説明した。講演慣れしているらしき講師はよどみなくしゃべり続けるが、嫌みっぽさは免れない。結論は「資金と相談して導入機器を決めて下さいね」と、ここでもお金の話だ。M先生は腕組みしながら「必要なものは必要なんだよ」と吐き捨てるようにつぶやいた。
午後の眠い頭には、もう何が何やら分からなくなってきた。いろいろな業者が入れ代わり立ち代わり講師として立ち、こちらはスライドをぼんやり眺めているだけ。極め付きは、ある開業コンサルタントの講師がおっしゃった一言。「まぁ、私ども、先生方からいろいろご相談をお受けしますが、『3無』と申しますかねぇ。大規模病院も経営難で統廃合、その結果勤務医のポストが『ない』、それで開業に流れても開業場所が『ない』、自己資金が『ない』、って状態で……」。「3ない」だなんて思いっきり「駄目」のレッテルを張られた気分。会場に最初に漂っていた「どよ~ん」の正体はこれだったのだ。お金払って馬鹿にされに来たみたい。
それにしてもこうまではっきり言われるとは、冷やかしで行った私まで落ち込んだ。帰りは約束通りM君に(またしてもみみっちいですが)夕食をおごってもらった。「オレ、自分のこと『3高』(高身長、高学歴、高収入)だと思っていたけど、そうじゃなくて『3無』だったんだな。開業も無理なら一生医局にへばり付いて生きていくか!!」。何か別な意味で決意を新たにした様子である。まぁ、M君が元気になったのなら良かったけど。
注1)MRI : magnetic resonance imaging 磁気共鳴画像
注2)PET : positron emission transaxial tomography 陽電子放射横断断層撮影
ふ~~~~~ん、(c)asahi.com
今年のベストセラーでドラマや映画にもなるリリー・フランキーさんの『東京タワー』の副題は「オカンとボクと、時々、オトン」。両親のことを「オトン」「オカン」って呼ぶのは、すっかりポピュラーになったみたいだけど、元をただせば関西弁とちゃうかった? みんなはお父さん、お母さんのことをなんて呼ぶ?(阿久沢悦子)
まず、長男の通う神戸市立福池小学校。6年生のうち、「お母さん」57人、「ママ」19人、「かあさん」と「おかあちゃん」各2人。でも、いましたよ、「オカン」も1人。
リリー・フランキーさんの故郷、福岡は? 福岡市立百道浜(ももちはま)小学校の6年生では「お母さん」圧倒的優勢。140人中130人。「ママ」5人、「オフクロ」2人、「母」3人、「オカン」はゼロ。
私の母校、横浜市立不動丸小学校でも、やっぱり「お母さん」が130人中73人と過半数。「母さん・母ちゃん・ママ」と合わせて9割を占めた。「オカン」はいなかった。
大阪・岸和田市出身の編集者江弘毅(こう・ひろき)さん(48)は「だいたい下の毛が生えるころ、親の呼び方が変わる。お母さんやママと呼んでるうちは子どもやね」。で? ご自身はなんと? 「オトウ、オカア。これが正しい泉州弁です」
江さんが、初めて耳にした「オカン」は20年前、京都出身のイラストレーターみうらじゅんさん(48)の留守電で。「この電話は京都のオカンに転送されます」。みうらさんは「あー、いいますね、オカン。でも、京都ではオトンは使わなかったなあ」。
方言を研究している大阪大学の真田信治先生(さなだ・しんじ)によると、102年前に国定教科書で「おかあさん」と書かれたのが、発端らしい。それまで、上流階級は「お母様」、庶民は「母ちゃん」だった。関西弁は一般に音節を縮めていく傾向がある。「おかあさん→オカーハン→オカーン→オカン」と変化して、大正から昭和にかけて定着した。その後、「オカン」に対応して「オトン」が生まれたのではないか、という。
大阪市の商家に育った作家の藤本義一(ふじもと・ぎいち)さん(73)は、「市内では昭和の初めごろから、オトン、オカンを使ってましたよ」。ただし、用法は限られていた。叱られて納得がいかない時、友達にボソっと、「昨日な、オトンに怒られてん」。「『オトン』とくれば『叱られる』。係り結びみたいなもんやね」。今のように親しみを込めて「オトン」「オカン」と言い出したのは最近みたい。
私も、叱って恨まれる「オカン」じゃなくて、息子に孝行してもらえるかわいい「オカン」を目指そうっと。 え? そんな虫のいいオカンはアカン?
紅葉を見に行くことを“紅葉(モミジ)狩り”といいますが、実はヤマモミジなど、モミジと名のついた植物は全てカエデ科の植物。学術的にはモミジという植物はありません。カツラを植えたい・・・
カエデという名前の由来は、実は万葉集だといわれており、カエデの葉がカエルの手に似ているということから“かえるで”と歌に詠まれています。
一方、モミジは古くは“もみち”と呼ばれており、秋の終わり頃に木の葉が赤や黄などに変わること、もともとは紅葉することを指す言葉だったようです。
盆栽の世界ではカエデとモミジは、きちんと区別されていますが、現実にはイロハカエデをイロハモミジと呼んだり、カエデの別名としても使われているように、あまり区別はされていません。
<^!^>(c)asahi.com
食べれば……ブタになります。こんなテーマなんですけど、
と写真家が頼んだら「おもろいやん」と快諾してくれた一家。
5時間にわたる撮影の間も食べてくれました
=大阪府和泉市で
行きつけのヘアサロンの美容師さんは、玄米菜食で1年かけて10キロ落とした。私にも玄米食を推奨する。なのに、忙しさの余りストレスで甘いものに手を出して、あっという間にリバウンドしてしまった。
「また、肥えはったん違う?」
カットしてもらいながら遠慮がちに訊(たず)ねると、彼女はため息をついた。「史上最高体重に近づいてるの。でも、肥えるってはじめて聞いた。大阪ではそう言うの?」
そう、関西では、太ることを「肥える」、デブになることを「ブタになる」と言うのだと説明すると、北海道出身の彼女は「そのままじゃないですか。的確な表現ですね、さすが大阪」と笑い転げて、自分のおなかと背中の贅肉(ぜいにく)をつかんでみせた。彼女は笑ってくれたが、実は、東京ではなかなかこうはいかない。「肥える」や「ブタになる」を使うと、ギョッとされるか、すごーく嫌な顔をされるのがオチである。(c)asahi.com
ミニブタの双子そら君、ひなた君。
「伊賀の里モクモク手づくりファーム」ではかわいい18頭に会えます
=三重県伊賀市で
大阪出身の友だちは、上京後間もないとき、食事に誘ってくれた同僚に、気を遣って「よく食べはりますね。肥えませんか」と、話しかけた。途端に同僚は血相を変え、口をきいてくれなくなった。後日、群馬出身の同僚から「まるでブタのように言われて、とても傷ついた。大阪の人はズカズカと人の心の中に入ってくるから嫌いだ」と抗議されたという。
「デブよりブタのほうがずっと可愛いやんなぁ。でも、それから、関東出身の人の前では怖くて大阪弁が使えなくなってん」
ここはとあるトンカツ屋。小さなすり鉢に入った胡麻(ごま)を、小さなすりこぎで一心にすりながら、友だちが愚痴る。
「関東人には、仲良くなりたいというメッセージの塊のような大阪弁が、攻撃に聞こえるねんわ。アホやな」。私も懸命に胡麻をすりながら、相槌(あいづち)を返す。
「東京で大阪人の地金を出したらあかんで」。したり顔で私に説教する友人のすりこぎを持つ手が、ぴたりと止まった。どうしたんやろ。と、彼女は、突然、テーブルをはさんで前に座っている見知らぬカップルの男性客の方に向かって言ったのである。「胡麻はもっとすらないと、美味(おい)しくないですよ!」
さっとすりこぎを回しただけで、隣に座る恋人らしき女性と話していた男性は驚いたような顔をしたが、「はい」と素直に言って、あわてて胡麻をすり始めた。大阪弁を使わずとも、大阪人はどこまでいっても大阪人なのでありました。
(文・島崎今日子〈ライター〉写真・酒井羊一)
○このネタはタブ〜!?
「豚まんちょうだい」
大阪にきて初めて聞いて、ドキリとした。「ブタ」という響きに。そんな、露骨すぎる。肉まんでしょ、肉まん。
「ブタになる」はなおさらだ。読売テレビの道浦俊彦アナウンサー(45)は「デブ」を引き合いに出して「大阪人はブタよりデブ、東京人はデブよりブタに、より抵抗があるのではないか」と言う。それは東京人が「アホ」により深く傷つき、大阪人が「バカ」に傷つくのと同じような構図と。
実際どうなのか。武庫川女子大学言語文化研究所の佐竹秀雄所長(59)に学生調査をしてもらった。会話で多く使う順に「太る」75人、「肥える」11人、「ブタになる」2人。一番傷つくのは「ブタになる」58人、「肥える」21人、「太る」9人。若い人には「ブタ」の評判は芳しくない。もっとも、傷つかない「太る」表現なんて「なし」が57人。そりゃそうです。
佐竹さんによると「舌が肥える」など「肥える」には豊かになる意味があるけれど、学生にとってはお母さん世代の言葉になりつつある。
使われるのはジョークとして。大阪育ちの友だち(24)も「ちょっと肥えたんちゃう?」「そやねん」みたいに言うそうだ。「あごの下、ぽちゃってるよ」とも。この話題が屈託なくコミュニケーションになるところがすごいと思うが。
もう君と話したない、アホがうつる。とか言うてるけど、
前回は、ちょっと硬い話を硬く語ってしまいました。同じころ、別の原稿を書いていて、どうもその調子のまま、このエッセーに突入してしまったのが原因のようです。内容もフェミニストの皆様にとってはとんでもない、と映ったかもしれないかなと危惧しています。私なりに彼女を心配していたのですが。うそです。ごめんなさい。伝えたいことが伝わらないというのは、私の力量のなさです。修行させていただきます。読者の皆様、もうしばらくお付き合いください。よろしくお願いします。では今回もその続き、研修医君の結婚です。
そしてとうとう披露宴の日。早いでしょ? なにせ「できちゃった婚」だから。花嫁がウエディングドレスをかっこよく着こなせるうちに。しかし、できちゃった婚の結婚式っていうのは、なんといいますか、当の本人たちよりこちらのほうがどぎまぎするものですね。出席者全員その事実を知っていて「二重におめでたい」などと言いつつ、話題にするのを避けるというか。そんな感情を持つのは私だけでしょうか? 年齢が分かるって? ほっといてください。
私は、例の女医さんと同じテーブルでしかも隣りでした。8人掛けの丸テーブルは全員医局関係者。新郎側の仕事関係者ってところで、これはよくある席順ですね。医局員の結婚式には数々出席しましたが、たいていこの「医局員のテーブル」ではとんでもないことが起きます。
K女医は宴の最初から結構な勢いです。新郎新婦入場の際には、新婦の頭から足先まで何往復も眺めておられました。「高性能スキャン装置か?」と思うほどです。「ふん、安い貸し衣装ね」とK女医が言うので「K先生の今日のお召し物、素敵ですよ」とご機嫌取りするものの、そんなもんでなんとかなるものでもありません。乾杯のシャンパンは一気飲み、お代わりを要求。赤ワイン、白ワイン、水割りすべて注文。すごい勢いで杯を空けます。K先生、抑えて抑えて。出てくる料理には「まずいわ。よくこんな料理出すわね」と言いつつ完食。
他の医局員はというと、にやにやしながら、研修医君のご乱行(本日の新婦以外の女性との交際)をしゃべっている。「あいつが結婚するっていったらさぁ、病棟のナースが泣いちゃって」「え~っ、まずいよ~。あのナースとまだ切れてないんじゃないの?」「うわぁ! 修羅場!」。もう少し小さい声でしゃべらないと、周りに聞こえるっていうのに。だいたい医者の結婚って、新婦を肴にこういう情報を交換するのが、通例。すいません。品がないですね。
宴は粛々と進んで、新婦の学生時代の友達(全員女性)の祝辞。「私たちぃ、ユウコがぁ、お医者様と結婚するって聞いてぇ、今日は張り切ってきましたぁ。お医者様のお友達どこですかぁ? 私たちユウコにあやかりたいって思ってますんで、ヨロシク~」。テーブルのM先生が大きく手を振った。T先生は軽い咳払いとともに、居住まいを正して会釈。他の医師も目を細めてうんうんとうなずいたり、うれしそうに笑ったりする。さっきまでの品のない会話など忘れて満面の笑み。ちょっと待て。君ら全員既婚者だろうが! そして、K女医はその様子を見るや、赤ワインのグラスをドンとテーブルに置いた。そして両方の鼻からぶふぁ~と息を吐いた。うえぇ~ん、こわいよ~。だいぶ出来上がっているよ~。
そして、キャンドルサービス。新郎新婦はお色直しの入場とともに各テーブルにキャンドルをともしながら回ってくる。もちろん、この医局員テーブルがすんなりいくはずもなく……。新郎新婦は蝋燭に点灯しようとK女医の向こう側に立った。はにかみながらもうれしそうな2人の顔。しかし、蝋燭の芯はしっかり刈り込まれ、なかなか火はつかない。焦る2人を周りが囃す。やっとついたかと思うと、お調子者のM先生が吹き消して、もう一度やり直し。司会進行係も、同僚のおふざけとして許している。その間K女医はずっと腕組みしたまま仏頂面。ああ、いたたまれない雰囲気だ。と、その時、私はK女医が少しだけ腰を上げるのと同時に座っていたいすを軽く持ち上げるのを見た。
やがてこのテーブルの蝋燭にも火がついて新郎新婦が離れていこうとした。が、花嫁は何かにひっかかって進めず、ビリッと軽く布地が破れる音が。K女医が新婦のドレスをいすで踏んづけていたらしい。シルクオーガンジーのドレスはどこかが軽く破れたか? 「あ~ら、ごめんなさい。でも貸衣装だからいいわよね?」とK女医。とまどう新婦を気遣う新郎の姿は頼りがいのある優しい夫。ドレスは大した損害はなく、むしろ会場には新郎のとった優しくて適切な態度に冷やかしの口笛が飛び、ちょっとした心温まるハプニングにさえなった。研修医君、やるじゃないか!
宴は滞りなく終わり(どこが?)、酔っぱらって寝込んだK女医を連れて、私は病院へ帰ることにした。K先生に点滴をして二日酔いを予防してあげよう。明日も仕事、がんばろうね、K先生。
真田 歩(さなだ・あゆむ)
医学博士。内科医。比較的大きな街中の公立病院で勤務中。診療、研究、教育と戦いの日々。開業する程の度胸はなく(貯金もなく)、教授に反発するほどの肝はなく、トップ研究者になれる程の頭もない。サイエンスを忘れない心と患者さんの笑顔を糧に、怒濤の日々を犬かきで泳いでいる。
心優しき同僚の日常を、朝日新聞社刊医療従事者向け月刊誌で暴露中。アサヒ・コムにまで載っちゃって、少し背中に冷たい汗が・・・。
右目奥にできた良性腫瘍(しゅよう)の除去手術を受けるため、ABCラジオの人気番組「おはようパーソナリティ道上洋三(どうじょうようぞう)です」を休んでいた道上洋三さん(63)が、25日の同番組から復帰することが決まった。
道上さんは7月中旬から約3カ月の予定で休みに入っていた。同局によると、8月3日に手術を受けた後、順調に回復し、同25日に退院。自宅や同局でリハビリを続けていた。
当初予定より早い復帰に、道上さんは「リスナーの励ましのおかげ。裸眼で新聞を読めるようになり、視野が広がった。『ニュー道上』として皆さんに恩返ししたい」と話している。
◎9月25日(月)今朝のオープニング、
道上さん復活~!!
本当におめでとうございます!!
うれしい~です!
めっちゃうれしいです!!
その道上さんの復帰会見に同席させて頂いてビックリ。
あんな記者会見、初めて見ました。
1つの質問に15分答えるんです…。
挙句の果てには、タイガースの話が止まらない状態。
道上洋三、完全復活です!!
改めて思いました。
三カ条
一、 記事の掲載は「公正な引用」の範囲内で
二、 家族・友人でも写真掲載には許可が必要
三、 マンガのキャラクターなどの掲載は不可
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