兵庫県西宮市の会社員荻田友紀(ゆき)さん(26)が、同県加古川市の県立農業高校に通っていたころに書いた作文「ニワトリ」が、4月から中学3年の道徳の授業で使われる副読本「心つないで」(教育出版)に採用された。自分で育てた鶏を食べる畜産科の実習を通じ、命について深く考えた経験がつづられている。
〈かわいらしいはずのヒナが、わたしには、とても怖いモノに感じられました。〉
98年10月1日、高校1年のとき、荻田さんら畜産科の生徒約40人に、生まれたばかりのヒヨコが1羽ずつ渡された。手のひらに乗せると、ふわふわで温かく、首を伸ばしてピヨピヨと鳴いていた。
自分の名前の「友紀」を読み替えて「トモノリ」と名づけた。休日も学校の鶏舎に通い、餌やりや掃除をした。
トモノリはすぐなついた。鶏舎の外に出しても荻田さんの後ばかりついてくる。いとおしくて、連日遅くまでそばで過ごした。そのうちに「殺したくない」という気持ちが強くなり、このまま学校を辞めようかと思い詰めたこともあった。
世話を始めて2カ月半後。ついに食肉処理しなければならない日がやってきた。
〈鶏舎に行ったとたん、いろいろな思い出が頭を駆けめぐり、涙が出てきました。〉
荻田さんの腕の中で、体重4キロにまで増えたトモノリは抵抗することもなく安心しきっていた。校内の食肉処理施設まで、時折立ち止まりながら運んだ。
血抜き用の大きな漏斗に頭から入れられてぐったりするトモノリ。脚の力が抜けていくのを見届け、荻田さんは外に駆け出て泣いた。
解体実習で肉をさばき、自宅に持ち帰った。自分の鶏として育てたのだからと、何日もかけてほとんど1人で焼いて食べた。以後、肉も野菜も残すことはなくなった。
〈トモノリを殺して、改めてわかったことがあります。命は一つ、失ったら戻ってこないということです。〉
食べることは、誰かが大切に育てた命をもらうこと。動物も人間もたくさんの命に支えられて生きている。「だからこそ自分の命も他人の命も大切にしてほしい」。中学生たちにそう訴えたいという。
あの実習から10年余り。荻田さんは今も、トモノリの写真を定期入れに入れて持ち歩き、識別用の足輪も大切に保管している。
でもなんで2ページに分けてあるねやろ??
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