ほれ。
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私は筋金入りのG党。なのに、小学4年生の息子は阪神ファン。そんな風に育てた覚えはない。もしかして、アノせい? 午後6時。テレビ画面はサンテレビ(本社・神戸市)の阪神戦中継。なんで対巨人でもないのに見るわけ? 「阪神やもん」。放送は試合終了まで続く。夜9時過ぎ、「今ええとこやねん」って言うけど、あんた、もう寝る時間やねんっ!
サンテレビさん、何とかならないでしょうか。「それは親の教育の問題でしょう」と、同社の櫟(いちき)敏行・スポーツ部長。ハイ、スミマセン……。
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1969年開局。プロ野球=巨人の時代に、独自性を出すため着目したのが地元阪神だった。開始から終了までプロ野球の完全中継を日本で初めて開始。73年、最終戦で巨人に負け、暴れたファンに襲われそうになった時、「サンテレビはオレらの仲間や」の声で無傷ですんだ。92年、「八木の幻の本塁打」が飛び出た6時間26分の試合をつぶさに伝え、瞬間最高視聴率50%――数々の伝説が残る。
4月20日、甲子園での対広島戦の中継現場を訪ねた。ディレクターの上野博高さん(42)は敷地内に停(と)めた中継車で、八つのカメラモニターをにらみ、映像の切り替え指示を出す。ネット裏の放送席では、スタッフが一塁側ベンチを双眼鏡で頻繁にのぞく。実況アナに「まゆみ」と書いたメモが渡された。監督インタビューが入る合図。放送終了時間は常に不確定だが、5分刻みで後番組を用意しており準備は万全だ。
2008年まで20年間実況を担当した谷口英明アナ(54)は「試合時間が延びるほど実況も燃えた」と振り返る。他局が中継をやめ、サンテレビにチャンネルを合わせる午後9時半、「他局からお越しの皆さんこんばんは」とあいさつしたことも。90年代からの阪神低迷期には、5月にはしゃべることがなくなり気分は消化試合。根気よく放送を続けた。「阪神ファンを拡大したのはサンテレビという自負がある」。谷口さんも南海ファンだったが、中学生の時に同社の中継をみて阪神に「移籍」した。
完全中継数は、放送権などの事情で10年前の70から減少し、今年は51。兵庫・大阪の全域や京都・奈良・徳島などの一部を合わせ、計675万世帯で視聴できる。
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生え抜き最古参の桧山進次郎選手に聞いてみた。「最後までプレーを見てもらえるのはうれしいです」。では、全国のよい子のみんなにも一言お願いします。「競っている場面は長くても5~10分。チェンジしたら寝てくれるはず。だからお父さんお母さん、テレビ見せてあげて」。あれっ? 参りました……。(中塚久美子)
■推薦
作家 貴志(きし)祐介さん(51)
責任感 サンサンと輝く
先日、他の民放で、サヨナラの直前や藤川球児が抑えきるかという場面で中継を打ち切られた。すごいストレスになった。サンテレビは律義だ。「責任持ってやってるんだな」と信頼感もわく。放送が阪神寄りという批判もある。だが、阪神の都合の悪いことをごまかすことなく、厳しくも愛のある実況で癒やされる。途中で放送をやめる他局は、必ずサンテレビに引き継ぐリレー協定を結んでほしい。