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医局の窓の向こう側
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お医者はつらい。
開業なんて親を継ぐこと以外無理ダベ、今のご時勢。
ボロボロになるまでこき使われ、医療事故で訴えられ・・・
医局の窓の向こう側

同級生のM先生が院内携帯で連絡を取ってきた。今年度からこの病院へ赴任してきたM君だが、本人はこの人事が不服なのだ。また憂さ晴らしのお誘いかな?と思いつつ電話を取る。「オレさぁ、開業しようかなって……」「はぁ!?」。こりゃまたずいぶんなお考え。「いや、決めたわけじゃないけどさ。そういう選択肢もありかなって思ってさ」「まぁ、選択肢としてありかなって言われれば、ありだわな」「今週末に医師向け開業セミナーがあるんだよ。オレ、行こうと思うんだけど、一緒にどう?」やっぱ、
M先生は、私を開業に誘っているわけではない。その開業セミナーとやらに1人で行きたくないのだ。強気なことを言っていたけれど、今回の人事で彼がかなり精神的に落ち込んでいるのは分かっていた。皆さんも一度や二度はあるだろう。今のポジションに不満で転職を考えた瞬間。学究肌の彼が開業まで考えている、そんな気持ちを思うとむげに断るわけにもいかず、「いいよ。行こうか」。同級生を元気付ける意味もあって気軽に返事をした。人生に不満がある時は、別の生き方があると知るだけでも心の支えになる。
と、いうわけで、行ってきましたN社主催の開業セミナー。1万数千円の参加費。「高いなぁ!」とM先生の背中をつついた。「あ~、ごめん。飯おごるから」。どんな人が参加するのか、なんとなくきょろきょろしてしまう。会場には、やる気というよりはどよ~んとした空気が流れている。これは何だ?対照的にN社社員は妙に元気に司会進行。
最初は会計士の先生。いわゆる資金繰り、融資の引き出し方についてのお話だ。「皆さん、融資を受けようと大手都市銀行をお考えかもしれませんが、まず相手にされません。取引額が小さいからです。1億くらいじゃあ向こうにとっては大した額ではありません」。1億円の借金なんて今の自分には想像しただけでもぞっとするけれども、それを大した額じゃない、相手にされない、なんて話を聞かされてちょっと息が詰まった。それも開業形態によってはもっと大きな額が必要となる。私では開業できそうにないなぁ。
次は大手通信会社子会社がディベロッパーのまねごとをしてのご講演。自社の支店の統廃合で空いた所にビル開業を提案している。都市銀行がお金を貸してくれないならなるべく小規模で、ってことでしょうか。新築オフィスビルじゃなくて、中古ビルがお勧めってあたりが惨めな感じ。それを「通信会社が入っていた所だから一等地、近隣に認知度はばっちり」と宣伝文句を早口でまくし立てる。最後にはビル診療所の小規模開業医が集まってクリニックモールの形成、そこにMRI(注1)やらPET(注2)やらの最先端検査機器を導入する、とのご提案。参加者の顔がぱぁっと明るくなる夢のような話である。PETねぇ。でもそれ、やっぱり夢ですよ。いま注目の機器だけど、フルセットそろえるのは何十億って単位よ。だいいち中古ビルでそんな設備は入らないでしょう。融資受けるのが大変、中古ビル借りて小規模にって話してたのに、一体どこにそんなお金が。いい加減気分が悪くなって隣のM先生を見ると、ぽか~んと口を開けて鼻からエクトプラズムを出しているような顔をしている。完全に生気を吸い取られている。
セミナーは午後も続く。そろそろ早引きしたいのだが、参加費がもったいないのでそのまま出ることにする(すでにみみっちい)。引き続き医療機器メーカーが機器導入のポイントを説明した。講演慣れしているらしき講師はよどみなくしゃべり続けるが、嫌みっぽさは免れない。結論は「資金と相談して導入機器を決めて下さいね」と、ここでもお金の話だ。M先生は腕組みしながら「必要なものは必要なんだよ」と吐き捨てるようにつぶやいた。
午後の眠い頭には、もう何が何やら分からなくなってきた。いろいろな業者が入れ代わり立ち代わり講師として立ち、こちらはスライドをぼんやり眺めているだけ。極め付きは、ある開業コンサルタントの講師がおっしゃった一言。「まぁ、私ども、先生方からいろいろご相談をお受けしますが、『3無』と申しますかねぇ。大規模病院も経営難で統廃合、その結果勤務医のポストが『ない』、それで開業に流れても開業場所が『ない』、自己資金が『ない』、って状態で……」。「3ない」だなんて思いっきり「駄目」のレッテルを張られた気分。会場に最初に漂っていた「どよ~ん」の正体はこれだったのだ。お金払って馬鹿にされに来たみたい。
それにしてもこうまではっきり言われるとは、冷やかしで行った私まで落ち込んだ。帰りは約束通りM君に(またしてもみみっちいですが)夕食をおごってもらった。「オレ、自分のこと『3高』(高身長、高学歴、高収入)だと思っていたけど、そうじゃなくて『3無』だったんだな。開業も無理なら一生医局にへばり付いて生きていくか!!」。何か別な意味で決意を新たにした様子である。まぁ、M君が元気になったのなら良かったけど。
注1)MRI : magnetic resonance imaging 磁気共鳴画像
注2)PET : positron emission transaxial tomography 陽電子放射横断断層撮影
お医者はつらい。
開業なんて親を継ぐこと以外無理ダベ、今のご時勢。
ボロボロになるまでこき使われ、医療事故で訴えられ・・・
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