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12日午後4時10分ごろ、兵庫県川西市の市立川西北小学校(同市丸の内町)に、若い男の声で「爆弾を仕掛けた」という内容の電話があった。午後5時半までに市内のほかの小学校8校にも同様の電話が相次ぎ、放課後に残っていた各校の児童、教諭の計約260人が避難した。通報をうけた川西署員が各校を調べたが不審物は見つからず、威力業務妨害の疑いで調べている。
調べでは、ほかに電話があったのは加茂、川西、久代、けやき坂、桜が丘、清和台南、東谷、緑台の各校。電話はすべて同一人物とみられ、「子どもに恨みがある。うるさいから仕掛けた」などと話したという。
宮内庁の羽毛田信吾長官は12日の定例記者会見で、秋篠宮ご夫妻の親王誕生について、「両陛下は非常にお喜びの表情で、関係者に感謝の気持ちを述べられていた」と話した。一方で、「(親王誕生で)皇位の安定的継承に課題がなくなったというわけではない」と述べた。
また、杉浦法相が出産前日の5日に「男児誕生を期待している」と発言したことについて、「出産を控えた妃殿下の気持ちを考えると、軽々におっしゃるのはいかがなものか」と述べ、遺憾の意を秘書官を通じて伝えたことを明らかにした。
◇
杉浦法相は12日、法務省秘書課を通じて、「(宮内庁長官から)遺憾の意を伝える話があったことは間違いない」と認めた上で、自らの発言について「コメントするつもりはない」としている。
電気のコンセントをネット端子に変えてしまい、電源コードがインターネットの配線を兼ねる――。そんな高速電力線通信(PLC)という技術を解禁するかどうかが、13日にある総務省の電波監理審議会(電監審)で最終判断される。国の検討は6年に及ぶが、発生する雑音電波(ノイズ)で短波放送に混信が起き、電波による天体観測が妨害されるなどの反対意見が噴出。土壇場になって行く末が不透明になっている。
PLCは、本来は電力を供給する電源コードを使い、ネット接続を可能にする技術。コンセントと電源コードの間にPLCモデムという装置をはさむだけで、配線工事なしで手軽に高速インターネット回線が家庭に引けるとして、政府は01年3月、「e-Japan重点計画」に盛り込んで推進してきた。
ただ電源コード本来の使い方でないため、コードがアンテナのように振る舞い、ノイズが漏れて無線通信や放送に影響が出るのが欠点だ。
そのため、計画は一時頓挫。03年の重点計画で、家庭のテレビとパソコンなどを結ぶ「屋内に限っての活用」と目的を変え活路を見いだした。
電監審は、これまでの研究会や技術検討委員会が報告したノイズの規制値が適当かどうかを判断する。一部のメーカーはかなりの投資をしており、すでにPLCモデムを完成させて10月の電子機器見本市で発表する構えだ。4年後に600万台が出荷されるとの推計もあり、「ゴーサイン」を待っている。
ところが、ここに来て反対の声が強まっている。電監審は8月、審議を控えた意見聴取を行った。関係者によると、賛成は推進協議会などメーカー側のみで、反対意見が大半。反対してきた日本アマチュア無線連盟が突然、賛成に回ったものの、アマチュア無線家らは独自に2000人近い反対署名を集めて提出した。
天文学者の反対も強い。大石雅寿・国立天文台助教授は「欧米に比肩する成果を上げてきた日本の電波天文学が崩壊する」と話す。「個々のノイズは弱くても、大勢が使えば話は違う。宇宙からの微弱な電波はノイズに埋もれて観測できなくなる」と心配する。
国内向け短波放送の日経ラジオは「わが社にとって死活問題」。PLCを使う家庭では、短波放送が聞こえなくなるほどのノイズが出ると想定されているためだ。国内には900万台近くの短波ラジオがあるという。
大阪大学の北川勝浩教授は、理論計算をすると想定外のノイズが大量に出るという文書を電監審に提出。「もっと科学的な検討が必要ではないか」と主張している。
NEC電力エンジニアリングの安木寿晴技術主幹は「ノイズが出るのは事実だが、市場に製品が出れば利用者の声も集まり、改善点もはっきりしてくる」と語っている。
このシリーズは毎週欠かさず読んでいるが、(c)asahi.com
制振パネルの実験を視察。25年ぶりに開発したプレハブ住宅の新工法で、
さらなる飛躍を目指す=奈良市の総合技術研究所で
創業者が一代で築いた1兆円企業は、かつての勢いを失っていた。業績はピーク時を大きく下回り、上司ばかり見る「ヒラメ社員」が増えていた。
債務超過寸前だったグループ会社を再建した手腕を買われ、01年に社長に就いた。8年ぶりに戻った大和ハウス工業はまさに「大企業病」だった。
創業時のハングリー精神を呼び覚ますため、現場主義に徹する改革を断行した。「赤字は罪悪」が信条だった創業者のくびきを断ち、地価暴落による含み損などを一括処理するため、創業以来初の赤字も出した。
うみを出し切って業績はV字回復。5年間で売上高は1.5倍に膨らんだ。今年3月期に連結売上高で積水ハウスを抜き、初の住宅業界トップに立った。
なにより重視するのは経営のスピードだ。支店長の権限と収益責任を大幅に強化して、土地購入の決裁に必要なハンコを15個から2~3個に減らした。さらに赤字を出した支店長の賞与はゼロにするという荒療治で、「責任地区の社長」としての自覚を持たせた。
剛腕さゆえに反発を買うこともあるが、相手によって態度が変わらない気さくな親分肌で、部下を引きつける。今でも午前7時30分に出社、15階の会長室まで階段を上がる。バイタリティーはいっこうに衰えない。
■ ■
若い頃は、いつかは会社を起こしたいと思っていた。だが大学卒業後、修業のつもりで入った鉄鋼商社は、高度成長の好況で、ぬるま湯だった。そんな時、目にしたのが「猛烈会社 大和ハウス工業」という雑誌の記事。「ここでしごいてもらったらええ」と求人広告を片手に、大和ハウスに飛び込んだ。
入社後はまさにモーレツ社員だった。午後5時に仕事が終わったあとも、遅くまで会社に残り、仕事を覚えた。睡眠時間は4時間しかとらなかった。
36歳の若さで山口支店長に。誰より多く得意先を回り、部下も厳しく怒鳴りつけた。ところが、「後ろを向いたら、誰もついてこなかった」。
部下の心をつかむため、70人あまりの支店員一人ひとりと対話した。「自分の心をまず開けば、相手も本音を話してくれた」。2年目に、山口支店の営業成績は全国一となった。
対話重視の経営手法は、今でも生きている。
■ ■
今、一番の関心事は「新しい事業の芽」を探すことだ。多角化した事業の多くは03年に亡くなった創業者の石橋信夫が自ら始めたものだ。「ともかく先の先を考えてくれ」。創業者が晩年よく口にしたこの言葉が、深く胸に刻まれている。
慶応大の電気自動車「エリーカ」開発や、奈良県立医科大に開いた住居医学の寄付講座など着実に種はまいている。
目標は2055年の「創業100周年に10兆円企業」。トップになっても、夢は大きい。
文・竹中和正
写真・永曽康仁
■心の中にオーナーの一言一句が刻まれている
――業界首位に立って、いい気分なのでは。(c)asahi.com
59年に発売した「ミゼットハウス」が、
今の大和ハウス工業のプレハブ住宅の原点だ
=奈良市の総合技術研究所で
樋口 1位になったり、2位になったり、巨人の全盛時代の王、長嶋みたいに業界にも切磋琢磨(せっさたくま)できる相手がおることは幸せなことだ。ただ、ナンバーワンといっても、戸建て住宅販売では、まだ積水ハウスに水をあけられている。
――売上高が伸びた要因はどこにありますか。
樋口 商業施設と、アパート、マンションの建築が大きく伸びた。商業施設は30年前からやっている。地主さんと、全国展開を狙うテナントさんの橋渡しをして、建築を請け負う。アパートも含め、うちが建築を請け負った地主さんは約7万人、テナント企業も約3800社まで増えていて、他社が追いつけない分野になっている。大型ショッピングセンターの開発も手掛けている。
■100年持つ家を
――マンション建築では初めて業界3位になりました。
樋口 東京や大阪の中心部は異常な値上がりで、ちょっとバブルの気配があり、土地取得がものすごい競争になっている。いい土地を手に入れるには、スピードが大切だ。支店制に切り替えたことで、最短2、3日もあれば土地を買える。
――一方で、戸建て事業は、伸び悩んでいます。
樋口 少子高齢化の影響が一番大きい。戦後間もない頃は、世帯数より家の方が400万戸少なかったが、今は逆に700万戸の家が余っている。業界全体が横ばいか、下を向いていくなか、商品力が重要になる。うちは9月から25年ぶりに新しい工法を導入した戸建て住宅を売り出した。これまでより、間仕切りの少ない部屋をつくれて、窓も大きくできる。耐久性、耐震性も高い。日本はおよそ30年で家を建て替えているが、英国は平均75年だ。100年間は持ち、年々資産価値が上がっていくような家を売りたい。
――今、一番力を入れていることは。
樋口 「創業以来一番苦労したのは人材育成や」と創業者の石橋信夫はよく言っていた。企業の最重要課題だ。
会社では機関車みたいに引っ張る人間が2割、まあまあがんばっとるなという人間が6割、ぶらさがっとるんちゃうかという人間が2割いる。上の2割の人間ばかりを集めても、その中でまた2対6対2になる。もし真ん中の6割から1割を上にあげ、下の2割を真ん中に入れることができれば、最高の会社になれる。
人間が持って生まれた脳細胞はみんな同じだ。いかに意欲を高めるかが問題だ。支店長になりたい社員が立候補できる制度を採り入れるなどして、意欲を引き出している。
――怖い上司の一方で、部下からは慕われてますね。
樋口 オレがカッコつけへんからや。仕事を離れた時は、もう友達みたいなやりとりをする。自分で自分に言い聞かしているんだが、どんな人でもいつかは引退する。一介の素浪人になったときは、隣のおっさんもうちのおっさんも全部同じおっさんや。そんな時に、オレは社長やった、会長やったとカッコつけるやつは全部友達をなくしている。だからメリハリをきっちりつけるようにしないと。
■宇宙から見る
――「心に宇宙論」が座右の銘だそうですね。
樋口 大和団地の社長の時、資金繰りのことで苦労して眠れぬ夜が続いた。そのときに、天国のおやじが枕元に立って、えらいどやしつけた。「宇宙から見たら、おまえのやっていることなんて虫眼鏡で見たって見えやせん。細かいことをぐじゅぐじゅ後ろ向きに考えるよりも、ベストをつくさんかい」と。心に宇宙論を持っていれば、いつでも前向きでいられる。
――創業者もおやじと呼んでいますね。
樋口 晩年は、静養していた能登に毎月通った。一緒に飯を食べ、泊まった。本音で話し合って、経営者の心を勉強させてもらったのは、その4年間やな。オレの心の中にはオーナーとやりとりした一言一句がずうっと刻まれとる。オーナーとの約束、使命を守っていくのが仕事だと思っている。
――創業100周年、売上高10兆円というのが創業者の遺志だそうですが。
樋口 現在やっている事業をめいっぱい伸ばしたとしても2兆5000億円止まりだと思う。その先に行くためには今から先の先を考えていないと間に合わない。テレビも、月へ人が行くのも、もとはマンガのような発想だった。だから、夢を持つことが大事だ。チャレンジしなければ何も出てこない。
――大阪発祥の企業の多くが東京へ本社を移した。東京移転の計画はありませんか。
樋口 絶対ない。大阪で生まれ、育った企業やから、大阪の発展に思い入れがある。胸を張って本社は大阪ですと言いたい。人口や市場規模は東京の方が大きい分、営業などの戦力は、それに見合った人員を配置したらいい。ただ、これだけ通信が発達しているのだから、本社はどこに置いても同じだ。
◆ 転機 ◆
■「進駐軍が来た」と陰口をたたかれた
大和ハウス工業の専務だった93年3月、突然、創業者の故石橋信夫相談役に呼ばれた。
「頼みがある」と切り出されたのは、グループ会社で宅地開発などを手がける大和団地の社長就任だった。バブル崩壊のあおりを受けて売上高の2倍の借り入れを抱え、債務超過目前の会社だった。
大和ハウスの専務として充実した時期でもあった。「勘弁してください」。思わず断りの言葉が出た。だが、「おれが昨日や今日の思いつきでいうとると思っとるのか」と烈火のごとく怒った。「男冥利(みょうり)です」と答えるしかなかった。
約900人の社員の気持ちはすっかり疲弊していた。しかも、生え抜きの社長が引責辞任したあと、筆頭株主だった大和ハウスから新社長が乗り込んできたのだ。「リストラの上、会社を清算されるのか」と社員の不信感は強く、「進駐軍が来た」と陰口をたたかれた。
「社員の意欲を引き出さないとだめだ」。思い出したのは、部下との対話を通して心をつかんだ山口支店での経験だった。一対一の面談や10人前後のグループで、懇談会を開いた。朝は8階の社長室まで歩いて上がり、各階に立ち寄って自分から社員に声を掛けた。廊下にある喫煙コーナーも絶好のコミュニケーションの場になった。
一方で、社内改革は大胆に推し進めた。販売力強化のため、支店を3倍に増やした。業績不振の支店長は交代させ、社内を歩いて目をつけた優秀な人材は、36歳の若さでも起用した。
急激な変革について行けず、1年間で120人近くが辞めたが、残った社員の結束は強まった。業績も好転、2年目には黒字に転換した。
大和団地で骨をうずめるつもりだったが01年、今度は大和ハウスの社長就任を命じられた。「君の宿命やと思ってくれ」。大和団地へ送り出す前に創業者の言った言葉の意味が、今は分かった気がしている。
38年 兵庫県尼崎市生まれ
61年 関西学院大卒
63年 大和ハウス工業入社
74年 山口支店長
93年 大和団地社長
01年 大和ハウス工業社長
04年 会長
05年 大阪商工会議所副会頭
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★業績 本社・大阪市。06年3月期の連結売上高は1兆5289億円、経常利益1030億円。
★家族 妻と息子1人、娘2人。孫は2人。自身は祖母に厳しくしつけられたが「ワシは孫にあまいわ」。
★趣味 ゴルフは年間70回ほど行き、ハンディは9。小学校の同級生とカラオケや食事に行くのも最近の楽しみのひとつ。
へぇ・・・(c)asahi.com
家庭雑貨店にも「モカポット」は大小さまざまの取りそろえ
薄いアメリカンコーヒーを濁った水と呼び、エスプレッソコーヒーを愛してやまないイタリア人。そんなイタリアの家には必ず「モカポット」がある。外国に住むイタリア人の家にも、濃いコーヒーは苦手というイタリアに住む外国人の家にもコーヒーを愛するお客さんのために、必ず一つはある。家族の多い家庭などはサイズを変えて幾つもそろえている。(c)asahi.com
某邦人(?)宅でもその時のニーズにより使い分けている
最近は電動でプロフェッショナル装備の「エスプレッソ・マシン」を置く家庭もあるが、やはり昔ながらの「モカポット」が値段的にもお手ごろだし、一般的だろう。それに、なんといってもイタリアらしい風情がある。
街の家庭雑貨店にも広いスペースに大小さまざま、色とりどりの「モカポット」が売られている。また、パーツを換えて長年使い込むのが一般的なので、スーパーマーケットなどで手軽にパーツが買える(対照的なのは、イタリアのスーパーマーケットではインスタントコーヒーの粉などはほとんど見かけない。あったとしても、小さなスペースに押しやられていてあまり目に入らない)。(c)asahi.com
ポコポコと煙突の先のような部分からコーヒーが噴き出し始める
イタリアの水道水は硬水で飲料には適していないといわれているが、「モカポット」でおいしいコーヒーを作るにはこの硬水が良いと彼らはいう。作り方のポイントは「モカポット」の下部に水を8分目入れ、内部に入れたコーヒーはスプーンなどでギュッと押し圧縮した後、上部を取りつけ弱火にかける(強火だと早く出来るが弱火でゆっくり作るのがコツ)。しばらくするとポコポコという音がして上部の内部にある煙突の先のような部分からコーヒーが噴き出し始める。コーヒーが出終わるとプスプスという乾いた音に変わるのが合図だ(途中でふたを開けるとコーヒーが飛び散るので注意!)。
「モカポット」について、イタリアでは常識的なことなのだが、外国ではあまり知られていないことがある。それは、買ってすぐは鉄のにおいがするので最初のコーヒーは飲まないで捨て、出したコーヒーをいれたままで数日放っておいて香りを付着させる。そして、使い始めても香りが損なわれるので絶対に洗剤では洗わないで、水でサッと洗い流すだけ、ということ。(c)asahi.com
洗剤は使わない! 水でサッと洗い流すだけ
コーヒー民族イタリア人、旅先にも愛用の「モカポット」を持っていくほど“おいしいコーヒー”へのこだわりがある人が多いというのには驚かされる。
宮内庁は、男子が誕生した秋篠宮家の処遇を見直す検討を始めた。
皇太子ご一家を世話する東宮職に50~60人のスタッフがいるのに対し、秋篠宮家の宮内庁職員は9人と少なく、皇族費から私的に3人を雇用している。
そこで宮内庁は第3子を担当する看護師1人を宮内庁職員として採用することを決めた。眞子さま、佳子さまの出産後は看護師や保育士を秋篠宮家が私的に雇い皇族費をあてていたが、今後に配慮し宮内庁費の支出を決めた。
保育士の資格を持つ養育担当職員の採用も検討する。
秋篠宮家には、ご夫妻とお子さま2人への皇族費として年間5185万円が支出されてきたが、第3子誕生で305万円が増額され、計5490万円になる。
